2050年カーボンニュートラル(CN)に向けて、エネルギー分野のイノベーションをどのように進めるのか。本コラムでは、2050年CNに向けて、今後生み出されるであろう新技術をどのように社会実装していくのか、「技術と社会の共進化」の視点から論じてきた。その中で、「技術と社会の共進化」に向けた「セクターカップリング」などをいくつかの事例をあげて考えてきた。今回は、「技術のベストミックス」こそが重要な「戦略」であることを述べたい。
<第三章>
エネルギー安全保障と再生可能エネルギー
前回は、脱炭素化をリードしているドイツの最新のエネルギー政策について簡単に触れた。その中で、2030年までに再生可能エネルギー電力の割合を65%まで引き上げるために、2030年の再生可能エネルギー電力導入目標を約2億kW(最大電力需要日でも8000万kW程度なのでそのピーク需要の約2.5倍)としていることを述べた。この値は、
セクターを超えたエネルギーマネジメントによって成り立つもので、「電力輸出」、「グリーン水素製造」、「EVの普及拡大とガソリン車廃止」などとセットで立てられた合理的戦略に沿ったものだ。決して
政治的プロパガンダのために出された見せかけの数字ではない。
もちろん
ドイツでもエネルギー政策が順風満帆というわけではない。ウクライナ問題で顕在化した欧州のロシア産天然ガス依存が、資源外交を通じたロシアの政治的強引さを招き、近隣国の民主主義の危機にも直結することを見せつけられた。完成間近の天然ガスパイプライン(ノルドストリーム2)の稼働にも暗雲がたちこめ、ドイツが天然ガスの安定的な調達に失敗すると、ただでさえ高いドイツの電力料金はさらに高騰するし、世界のエネルギー価格の高騰にもつながり、もちろん日本にも大きな影響が出る。フランスのマクロン大統領が、それまでの方針を180度転換し、原子力発電の新設に踏み切ったのもこの関係である。
エネルギー安全保障の重要性がまさに今顕在化しているのである。
一方でドイツの足元の再生可能エネルギーの現状はどうなっているかというと、2020年まで拡大を続け5割に達したドイツの再生可能エネルギー電力比率が、2021年は天候の関係で45%まで5ポイントも下がっている。そうすると、必ず登場するのが「だから再生可能エネルギーは頼りにならない」という意見である。しかしこれは完全に間違った話である。
再生可能エネルギーは、100%国産エネルギーであり、最も低コストになり得るエネルギーであり、エネルギー安全保障に最も貢献するエネルギーなのである。もっと増やさなければならない。
国際政治の世界で「もし・・なら」という話は慎まないといけないが、今回のウクライナ危機が仮に2030年以降であれば、相当状況が変わっていたかもしれない。ロシアの天然ガスはその時点で無用の長物になっていたかもしれないし、電力価格も再生可能エネルギーの低価格化によって今より下がっていたかもしれない。ロシアはエネルギー外交で今ほど強く出られないだろうし、世界のエネルギーは今ほどの危機的状況にはならなかったのだ。これは日本にとっても同じである。
日本のエネルギー安全保障のためにも、再生可能エネルギーの導入拡大はもっと急がねばならない。
技術のベストミックスに向けて
本シリーズの最後に、
再生可能エネルギーの導入拡大に向けた「技術のベストミックス」について述べておきたい。技術のベストミックスとは、わかり易く例えれば、運動会で100m走だけ勝てばいいとか、綱引きだけ勝てばいいという考え方はせずに、紅組全体、白組全体でチームの勝利を目指すという考え方である。
具体例をあげるとすれば、例えば自動車である。自動車の世界の競争で、ガソリン車、ハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車のどれが一番脱炭素化に貢献するのか、といった話である。このような競争に、自動車メーカーは懸命になっているようだが、そもそも現状の日本の電力は8割が化石燃料由来であるし、水素はほぼ100%化石燃料由来である。ハイブリッド車は確かに燃費が良くなって省エネには貢献しているが、基本はガソリン車だ。どの車種でも50歩100歩で、このような
自動車の世界の中での小さな競争をしているうちは、いつまでたっても結局のところ日本チームとしての勝利(脱炭素化)は無い。
電気自動車が環境にやさしいと宣伝するなら、いつまでに脱炭素電源比率を100%にするのかとセットで発言してほしいし、燃料電池車が走行時に炭酸ガスを出さないと言うなら、いつまでにブラック水素をグリーン水素にするのか言ってほしい。各自動車メーカは、このようなエネルギーの脱炭素化に、いったいどれだけ投資してきたのか。実は、グリーン水素は、ドイツの戦略にもあるように再生可能エネルギー電力による電解水素製造がメインになるはずなので、
脱炭素電源比率が上がらないとグリーン水素ができない。つまり、電気自動車も燃料電池車も一蓮托生なのである。競争自体に意味がない。
運動会でも、ただ単に「足が速い」といっても短距離が得意なのか長距離が得意なのかを考えて選手の配置をするだろう。また、そのような選手が複数いる場合は、足が速いだけでなく力が強いとか動作が機敏というようなことを勘案して騎馬戦や棒倒しに配置することもあるだろう。こういったことが、全体の勝利を目指す上で大事な「戦略」なのだ。本稿では、長さの関係でたとえ話に留めておくが、電気自動車のバーチャルパワープラントとしての利用や、再生可能エネルギー電力の大量導入で余ったゼロ円の電力でグリーン水素を作り燃料電池車を走らせるなど、
セクターカップリングも含めて「技術のベストミックス」で脱炭素化に貢献できることはいくらでもある。
私はこれまでも日本のエネルギー基本計画の考え方の問題点について度々指摘してきた。その根底には、日本で幅を利かせてきた「セクター別の痛み分け」的な考え方がある。日本のエネルギー基本計画では、「エネルギーミックス」と称して各業界に配慮しながら痛み分けの数字を積み上げているだけで、完全に後ろ向きの議論になってしまっている。悪い意味での平等感だけが正義のようになってしまうと、前向きの議論ができない。このような
ローカルな議論から早く脱却し、全体のシステムを俯瞰しながら戦略を立てることが、今の日本にとって最も必要なことである。もう一つ大事な視点は、時間軸である。例えば、輸送用エネルギーの脱炭素化は既存技術である程度の見通しが立つ。一方、製鉄の分野では水素還元製鉄など相当なイノベーションが必要で時間がかかりそうな分野も多々ある。これらに、適切な時間軸を考えずに一律に削減目標を課すのはやはり間違いである。早く脱炭素化が進みそうな分野はどんどん進め、時間がかかりそうな分野にはじっくり進める猶予を与える。
時間軸の戦略を組み込むことによって、日本全体の産業競争力を失わずに脱炭素化を進めることができるはずである。
<< 2050脱炭素社会に向けた技術と社会の共進化(1)をよむ >>
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この記事の著者
東京大学
瀬川浩司(東京大学教授)
1989年 京都大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)、京都大学 助手、東京大学 助教授 を経て、2006年 東京大学 先端科学技術研究センター 教授。2016年 東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授。2020年東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 兼担教授。2012年~現在 東京大学 教養学部 附属教養教育高度化機構 環境エネルギー科学特別部門長として東京大学の環境とエネルギーの教育にあたる。2019年 科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)。現在の専門は、次世代太陽光発電。
1989年 京都大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)、京都大学 助手、東京大学 助教授 を経て、2006年 東京大学 先端科学技術研究センター 教授。2016年 東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授。2020年東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 兼担教授。2012年~現在 東京大学 教養学部 附属教養教育高度化機構 環境エネルギー科学特別部門長として東京大学の環境とエネルギーの教育にあたる。2019年 科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)。現在の専門は、次世代太陽光発電。
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