温室効果ガスの9割以上は二酸化炭素が占めており、その殆どはエネルギー由来である。このため、産業革命以来の変革の波が、エネルギー分野に押し寄せている。わが国でも、2020年10月「2050年カーボンニュートラル(CN)」を宣言し、12月には「グリーン成長戦略」が発表されたが、その全てはエネルギー関連技術に関わるものである。本コラムでは、2050年CNに向けて、今後生み出されるであろう新技術をどのように社会実装していくのか、「技術と社会の共進化」の視点から数回に分けて論じたい。
<第一章>
「技術と社会の共進化」とは?
まず初めに、「技術と社会の共進化」とはどんなものか、昭和から平成、令和に至る過去30年の電子機器の歴史を例に振り返ってみよう。
音楽再生は、レコード⇒カセットテープレコーダ⇒CDプレイヤー⇒携帯型デジタル音楽プレイヤーと移り変わってきた。これは、「座って聞く音楽」から「持ち運べる音楽」へのライフスタイルの変化と連動している。周囲を静かに歩かないと針が飛ぶレコードプレイヤーが、持ち運べるカセットテープレコーダに変わり、さまざまな場所で音楽が聴けるようになる。そうすると、持ち運ぶにはもっと軽くて嵩張らないものが良いという要求に答えるようにウォークマンやiPodが登場する。電池も高容量化して軽くなるし費電力も少なくなり、長時間音楽を聴けるようになる。そしてこれらは程なく通信を利用した音楽配信サービスに置き換わる。このように、
新しい技術が社会の変化を起こし、その変化が新たな要求を生み、その要求がさらに技術を進化させる、これが「技術と社会の共進化」だ。
この間、通信事情はどう変化したか。昭和の時代、固定電話は必需品で、勤務先の机には一人一台、家庭でも一家に一台は備えられた。そのうち、電話機の多機能化が進む。留守番電話、FAX、コードレス複数子機、データ通信などなど様々な機能が付加された。かくして「ポケベル」が登場する。ポケベル自体はほんのわずかな期間で無くなったが、外出先の人間にコンタクトできることの便利さに気づかせてくれた。この「気づき」がその次の携帯電話の爆発的な普及に繋がる。携帯電話では、i-モードや電子メール機能が登場し、デジカメ機能が付いて画像も送信できるようになる。そうすると通信量を増やしたいという要求が強まり、技術がそれに対応する。通信の大容量化だ。そしてスマホやタブレットが登場する。それぞれの時代には、新技術導入に付随する価格上昇をネガティブに喧伝する経済評論家が多くいたが、そんな声はあっさり乗り越えてより高価で高機能なものにどんどん進化していった。「技術と社会の共進化」は、ちっぽけな経済価値をすぐに乗り越えて社会の要求に答えるものを生み出す。それは、
社会にとって必要な進化だからだ。
「イノベーション」を加速する「セクターカップリング」
昭和の三種の神器の筆頭といえばテレビである。テレビの技術は、この間着実に進化してきた。白黒からカラーに変わり、液晶テレビ、有機ELテレビへと薄型・大面積化が進み、解像度も4K、8Kへと向上し、録画機能やインターネット接続など、技術進化の点では一点の曇りもない優等生である。しかし、世界各国で「テレビ離れ」が顕著になってきている。これは一体どうしたことか?繰り返される深みの無い報道やワンパターンのエンターテインメントにも原因はあるのだろうが、高精細になって綺麗な画像でも所詮画像。単一の機能を掘り下げて性能が高まっても、それは進化ではない。狭い日本の住宅で、不釣り合いに大型化して邪魔なテレビより、いつでも好きなものをどこでも見られるスマホやタブレットにシフトしている。それにスマホやタブレットは、単に映像を見るために使われているのではなく、
双方向通信・情報検索・画像音声記録編集・可搬携帯など多くの機能を備え、現時点で最強のデバイスになっている。本だって漫画だって読める。これらも、
技術と社会の共進化を具現化したものなのである。ここにもう一つ、とても重要なファクターが隠されている。
「セクターカップリング」である。テレビは、テレビ技術で競い合って性能向上したとしても、あくまでテレビの世界の中だけの話である。イノベーションを起こしている訳ではない。これに対して、スマホやタブレットは、情報通信、パソコン、デジカメ、音響機器などの技術を上手に取り入れ、静かにセクターカップリングを成し遂げてきた。同じような装置に見えてもテレビとは全く違う価値がある。
セクターカップリングは、社会の要求を取り入れる一つの手法であり、技術と社会の共進化を加速することでイノベーションを起こしているのである。ここまでは、カーボンニュートラルと全く関係な合い話をしたが、次回はカーボンニュートラルに向けたエネルギー分野の進化について考えてみたい。<第二章に続く>
<< 2050脱炭素社会に向けた技術と社会の共進化(2)をよむ >>
<< 2050脱炭素社会に向けた技術と社会の共進化(3)をよむ >>
この記事の著者
東京大学
瀬川浩司
1989年 京都大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)、京都大学助手、東京大学 助教授 を経て、2006年 東京大学 先端科学技術研究センター 教授。2016年 東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授。2020年東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 兼担教授。2012年~現在 東京大学 教養学部 附属教養教育高度化機構 環境エネルギー科学特別部門長として東京大学の環境とエネルギーの教育にあたる。2019年 科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)。現在の専門は、次世代太陽光発電。
1989年 京都大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)、京都大学助手、東京大学 助教授 を経て、2006年 東京大学 先端科学技術研究センター 教授。2016年 東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授。2020年東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 兼担教授。2012年~現在 東京大学 教養学部 附属教養教育高度化機構 環境エネルギー科学特別部門長として東京大学の環境とエネルギーの教育にあたる。2019年 科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)。現在の専門は、次世代太陽光発電。
コメントを投稿するにはログインしてください。